あ行

アポカリプト

制作年度:2006年
監督:メル・ギブソン

てっきり、人間狩りの獲物となった男があらゆる知恵と力で苦難を乗り越えるアドベンチャーだと思ってました。
でも、そんなシーンは短め。
彼は最悪の状況から逃げることが出来た。
それまで、冒頭の下品な仲間いじめのシーンややたらと長い捕虜としての道のりのシーンに正直言ってダレかけていた私。
それでも彼が逃亡に成功した辺りからはやっと彼の反撃をたっぷり見れると期待したのです。
でも、彼の生まれ育ったいわば自身のフィールドである森へと逃げ込んでも走るシーンが延々と続く。ずーっと走ってる
「走るだけかいっ!」
頭の中でいい加減にしろと思いつつツッコミ。
それでも、毒カエルの即席毒矢。かつての仲間と作った狩の罠へと敵を誘い込む。
この辺りからは見どころたっぷりでした。ここまでは結構ハラハラドキドキしてそのスリルに満足してました。
これが架空都市で実際の歴史を扱った作品でないならそれなりに評価するのだけど…
やはりどうしても偏ったマヤ人に対する差別ともとれそうな映像、脚本が好きになれない。

一応、これでも努力はしたんですよ。
一方的な「マヤ人は野蛮な民族」ともとれそうな描き方もかなり不快に思うものの、そもそもマヤ文明に関しては謎が多い。
ならば、ひとつの物語として色々ある説の一部分を切り取って脚色するのもありなのだと割り切るのも作品を楽しむためには必要かもしれないと思い、浮かんだ不快感は頭の奥底に引っ込めることにしました。
そうすれば、ひとつひとつのシーンに意味があるのだと考えようとすることが出来る。

生贄の儀式の途中で日蝕が起こるシーンはマヤが優れた天文学を持っていたことが日蝕が始まった時の慌てふためく民とは対照的な神官の満足そうな顔で表現したかったのかなとか。
疫病、干ばつに乱れた民衆の心を宥めるために既にいつ頃起きるか判っている日蝕を利用した生贄の儀式だったんだなとか。

でもさ・・・ と折角頭を切り替えてた筈なのにまたもや疑問が浮かぶ。
生贄って神に捧げるんだよね。捕虜を捧げたりするのかなぁ?
こういうのって、自国民の中から選ばれた者が捧げられたりするものなんじゃないの?
そりゃ、これ言い出したらジャガーを絡められないから話にならないけども。

極めつけがラストのスペイン船とその船上の神父。
これを『新たなる侵略者』と解釈するか『ジャガーにとっての救世主』と解釈するかで満足度が変わります。
私にはそれまでマヤ人を残虐極まりない民族に描かれていたので、
どうしてもキリスト教徒を救世主扱いしているように見えてしまう。
やだなぁ…こんな一方的な解釈…
私にとっては作品の出来は良いけど、嫌いな部類の映画でした。

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ウォーリー

制作年度:2008年
監督:アンドリュー・スタントン

これはお勧めだと自信を持って言っちゃいます。

ゴミだらけの廃墟の星をたった一人で生きているウォーリー
量産型のお掃除ロボット。同型の仲間の朽ちた姿が所々に現れる。
ウォーリーに感情はいつ芽生えたのだろう?
少しずつ壊れて動かなくなって減っていく仲間に寂しさを感じていたのだろうか。
それとも、感情が芽生えた時に彼はすでにひとりだったのだろうか。
お掃除ロボットに与えられた命令は『ゴミの処理』
それでも、捨てられないガラクタに愛着を感じて持ち帰る。
恋愛映画に憧れ、うっとりと傍らにいてくれる存在を夢見る。
彼は寂しくとも懸命に毎日を生きている。

なのに宇宙で生きている人間たちのなんと堕落した姿か。
こんなに大勢の仲間がいるのに、幸せそうには見えない。
理路整然と引かれたラインの上をまるで物のように運ばれて、
食事も娯楽も決められた時間、決められた回数与えられる。
何一つ自分の手で作り出すこともしない。
服も青が良いと言われれば、全員が青色になる。
自分の足で歩くことを放棄しただけでなく、生きるという意味を放棄して只、生かされている。というより、動かされている。
私がこんな生活与えられたらどうにかなりそうだけど、きっとここの住人は疑問を持つ思考すら放棄したんだろうな。
命令を黙って遂行していたイヴとどこも違わない、機械化した人間だ。

触れ合いを知り、思いやりと慈しみを知って心を持ったイヴ。
只ひたすらに大切な人を守ろうと一生懸命なウォーリー。
かつて持っていたその心を取り戻した人間たちは第一歩を自分の足で踏み出す。

単純と言われても構わない。
私は感動して涙が滲んできました。

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イーグル・アイ

制作年度:2008年
監督:D・J・カルーソー

「コンピューターの反乱」
ありがちですよね、このネタ。今まで映画でもアニメでも色々なパターンでお目にかかってきた設定です。
なんだ、またか。途中でそう思ったのを白状します。
でも見ている間は充分に楽しめました。
エンタメ映画としてソツのない仕事をしてくれていたと思います。
「あー、面白かった」
とそれなりの満足感を得て、そして一ヶ月後には記憶の片隅に追いやられているだろうなという程度の感想しか観終わった直後は感じていませんでした。

しかし、映画館を後にして遅めの昼食を摂っていた時に内容を反芻していたら、徐々に『アリア』に対してうすら寒さを感じたのです。
現実に、彼女と同じ思考を持った国があったよねぇなんて。
後の数百万人の犠牲者を出さないためだとか言って数万人の命を奪う国が。
その思考をそのままインプットされてたかのような『アリア』
彼女は繰り返すんですよ
「米国民の平和を守るため」
そのために無関係の人間を殺しても「多少の犠牲は仕方ない」
性質の悪いことにそれが正論、正義だと思い込んでるんです。
そして、コンピューターですから人間みたいに臨機応変に決定事項を変更しないんですよね。

監視社会
ありえない未来とは言い切れないしなぁなんて思ってうすら寒さは更に増しました。

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イントゥ・ザ・ワイルド

制作年度:2007年
監督:ショーン・ペン

素晴らしい作品でした。大自然の映像美に濃厚な脚本。
二時間半という長さなど全く気にならなかった。

父親への反抗心と怒り、求めずともあふれている物たち。
青年はそれらから手を離し大自然へ身を投じた。
己の頭と身体だけで生き抜いてみようとした彼は、死の間際に己の生きるべき場所と意味を知ったのではないでしょうか。

彼のように過酷な旅を夢見たわけではないですが、
私も何もかも捨てて自由が欲しい。誰も私を知らない土地へ行って暮したいと思ったことがあります。
知的障害を持つ妹の存在が私の全てを否定した時がありました。
私に流れる血は障害者を産み出す欠陥のある血なのだと夫となる筈だった人の両親に罵られたときです。
この世から旅立つか、それとも自由を得る代わりに家族を捨てようか。
大いなる志があるわけではなく消えるための旅に出たい。
只、自分の置かれた環境から逃げたいと。

彼も旅に出る時は怒りと現実逃避がきっかけに過ぎなかったように思います。
自分の生きる意味を見失って、人間という存在への疑問は人間関係への淡白さを生み出していたように見えました。
しかし、旅の途中で知り合った人々から色々なものを教わった。
自由とは果てしない孤独の上に成り立っている。
彼という存在を形成するのはその周囲にいる人々の存在なくしては為し得ないということ。
自然からも様々なことを教わった。弱肉強食ということ。自然の摂理ということ。
彼が体験した生まれて初めて悲しかった出来事。
あれ程に無駄な物の洪水に嫌気がさして大自然へと身を投じたのに、彼自身が無駄を生みだした。
ひとりではさばき切れない獲物。真夏の狩猟は気をつけろ、時間との勝負だと狩猟の仕方を教えてくれた男は言っていた筈なのに空腹に負けて身の丈に合わない獲物を仕留めてしまった。
案の定、解体に手間取り火起こしに手間取り、獲物はハエに卵を産み付けられて蛆がわいてしまった。
もう、食べられない。
食べるわけでもない無駄な殺生。自然界に逆らう行為。己の愚かさの象徴。
死肉を食べるハイエナにその獲物を差し出すことで幾許かの慰めにはなっても心は晴れない。

死の間際に、彼は旅の間に使っていた偽名を捨て真の名前を書き残した。
自由を得るために捨てた名を再び拾った。
自由であることに拘り、それに縛られていた彼は結局のところ心は自由ではなかったのじゃないだろうかとも思ってしまった。
それでも、クレジットカードに鋏を入れてお金を燃やし貯金を全て寄付して無一文で旅を始めた彼の決意は本物だった。
真理を求める貪欲なまでの探究心は本物だった。

自分の一生は幸せだったと書き残した彼の両親への最後の愛と思いやり。
『あなた達の息子は、けして産まれたことに後悔はしていない』

「幸福は、それを誰かと分かち合った時」
愛する両親、妹。そして未来で出会ったかもしれない生涯の伴侶と我が子。

「なんて馬鹿なヤツだ。自業自得だよ」
そう切って捨てるのは簡単です。
確かに彼のとった行動は愚かと言えるかもしれません。
それでも私は彼の旅にも何かしらの意味はあったのだと思っていたいです。

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L change the WorLd

制作年度:2008年
監督:中田秀夫

まず、私は「デスノート」という作品は前作の映画が初めてでした。
原作など全く知らない私が感じた感想は
「便利過ぎじゃん?このノート」
でした。
ある程度の制約あってのノートでその制約の中での知恵を駆使した使用なら何も思わなかったんですが、何でも書いたとおりになってしまうお手軽さが私には馴染めなかった。
それでも後編も見に行った。何故か?
ひとえにLとキラの頭脳戦が面白いと感じたからだ。

裏の裏
そう見せかけて更に裏
それに加えて松山くん演じるLの魅力。
彼をもう一度見たいのと前後編を見たなら折角だからサイドストーリーも見よう。
今回の鑑賞はこれが動機です。

さて、IQの高さと知識の深さは関係あるでしょうか?
全く関係無いとは言いませんが、『天才』にとってはオプションに過ぎないんじゃないかと思ってました。
知識は学べは得られるものであるのとは逆にIQの高さは
順応力、判断力、情報処理能力など生まれ持った資質が関係してくる。
『天才』と『秀才』の違い。
Lとキラの戦いはこの生まれ持った資質を磨かれた天才同士の頭脳戦と心理戦だった。
そこに緊迫感があり、見ているこちらは考えもつかない作戦や分析に度肝を抜かれた。
勿論、学んで得た知識は存分に使われていたが彼らの対決はそれが主ではなかった。
一瞬の隙も見逃すまいとした罠の張り合い 探りあい。

しかし、今作のLはどうもその天才ぶりが半減しているように見えてしまった。
蓄積した知識を披露するだけで天才ゆえの
『突発的な出来事に対する機転と判断力。分析能力』
それらが感じられなかった。
「退屈だなぁ…」
正直、こう思ってました。
だって全く緊迫感が無いんですもの。23日間のカウントダウンという美味しい題材なのに活かしきれていないと思った。
それでも最後まで何とか見れたのは松山くんの存在感と演技。
彼の全身で自分のLを確立し演じていた姿がストーリーを引っ張っていたから、なんとか寝なくて済んだ。
ぶっちゃけ、溢れる欠伸が止められなかったのです。
途中、激しい睡魔と闘う時もあったくらいに。
原作をしっかり読んでLという人物を知り尽くしていればもう少し楽しめたんでしょうかねぇ…

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アース

制作年度:/2007年
監督:アラステア・フォザーギル

「腹いっぱいになっているのに狩りを続けるのはこの地球上で人間だけだ」
どこで聞いたのか覚えていないのですが心に残っている言葉です。

私は昔「野生の王国」という番組が大好きでした。
小さな昆虫から大きな哺乳類まで。その生態系が余すところ無く映されていた。
草食動物たちの子を産み育てる微笑ましい姿。
番組を見ている私達にその子らの無事を願わせ微笑ましく応援する気持ちを起こさせる。
そして現れる肉食獣。
まだ走る速さも未熟な子供に狙いを定め、転ぶ子供に牙を剥く。
喉元に突き立てられた牙は子供の命を瞬時に奪い親はなす術もなく遠巻きに食われる子を見つめる。
悪役のようなその肉食獣の姿に憎らしさを覚えた瞬間、彼らもまた子の為の狩りをしていると
肉食獣たちの子育ての場面へと映像は移っていく。
そして、恐ろしい筈の肉食獣の子に襲い掛かる別の肉食獣。
食いちぎられる肉、流れる血。
残酷なシーンではありますが、子供心に弱肉強食の自然の摂理を感じた素晴らしい番組でした。
彼らは無駄な狩りをしない。
自分達が生きる為に必要な分だけ狩りをする。
弱肉強食とはいえお互いの数が増減したり絶滅という危機がおとずれなかったのはこのためだ。
だが、そこに人間と言う乱獲者が介入し生態系が崩れ始めた。
そこへ環境破壊と言う別要素が加わり、多くの種が絶滅へと追い込まれた。
まだ誕生したばかりの頃の人類は間違いなく母なる地球の愛し子だった。
だが今の人類は地球にとっては邪魔なだけの存在になってしまったのか?
この過程を描く壮大な地球のドキュメンタリーだと勝手に思い込んで見に行ったのです。

確かに映像は圧巻。
どうやって撮影したのだろうかと思うほど素晴らしい映像が大画面に映し出されていた。
プラネットアースという番組を見たことがない私には初めての映像ばかり。
これは劇場のスクリーンで見る方が断然、迫力があります。
しかし上記のようなドキュメンタリーを想定していた私には少々肩すかしの感があった。
まるでバックにクラシック音楽でも流したヒーリング映像集みたいで。
キャッチコピーの
「この映画が美しい地球を目にするラストチャンスかもしれない」
ここまで言うならばもっと問題提起する場面を入れてはどうか?
ナレーションのみで温暖化を語ったところで心に響いてはこない。
とってつけた感がどうしてもする。
全てのエピソードが中途半端につぎはぎされてドキュメンタリーとしても纏まりが無いように見えました。
キャッチコピーが
「あなたが見たことのない美しい地球を見る旅に出ませんか?」
これくらいであったなら、もう少し高い評価になるんですけどね。
ドキュメンタリーというカテゴリではなく映像美を語る目的の映画と言い切った上でね。
環境問題を絡めるならば、醜い部分から目を背けてほしくなかったんですよ。
だって環境問題は醜い汚い部分を自覚出来るかどうか、そこから始まるんですから。

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アイ・アム・レジェンド

制作年度:/2007年
監督:フランシス・ローレン

前半の孤独を描写する数々のシーン。
録画した映像を流し、嘗て己がしていた日常を疑似体験する。
街中にマネキンを配置して返事がないその顔見知りに声をかける。
希望のフレーズを口ずさみ、唯一返事をくれる愛犬サムと3年の時を生きてきた。
人は他人がいることで己を認識する。
サムがいてこそ、生きている自分を認識し生きようとする自我を保っていられた。
そのサムが死に、ついに壊れ始めたネビルの心。
「たまには俺にも言ってくれよ。こんにちはって言ってくれ!!」
マネキンに向かって叫ぶ彼。サムを失い、それまで誤魔化してきていた究極の孤独心。
ワクチンの開発も何もかも全てを忘れ、サムを奪った化け物たちへの復讐心にとりつかれた彼。
全てが終わる。その時に現れた生存者

この辺りまでは興味深く見ていたのですが、生存者の親子が現れた必要性がいまいち分からない。
あの程度の役どころならば、いっそ出てこなくても良かったのにとすら感じてしまう。
ワクチンを託す相手として必要だったのかもしれないが、
いっそ強化ガラスの外でゾンビたちと爆死した後に強化ガラス内ワクチンで完治した最初のあのゾンビ化していた女性が目覚め
残されたメッセージとワクチンを手にして涙を流すシーンでENDくらいの方が良かったなと。
説得を試みて、それが叶わず悲しい瞳で嘗ては人だった存在を見つめたネビルの姿と心情がシンクロしてその方が希望が強く伝わってくるし、まさにレジェンドって感じになったのに。
(勝手な妄想ごめんなさい)

とはいえ、ウィル・スミス大好きだし退屈はしなかったし前半はとにかく惹き込まれましたので
少し甘めの評価をさせていただきます。

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エクスマキナ

制作年度:/2007年
監督:荒牧伸志

冒頭のタイトルに『アップルシード』の文字を見て、先日見たベクシルを思い出し、一瞬不安にかられました。
ベクシルが悪いとは言わないけれど少々引っかかる出来だっただけにこの作品、自分に合うだろうか?と。
しかし、こんな不安は吹っ飛びました。

私の苦手とするCGキャラ。
ベクシルの時にはカクカクした動きと背景が上手く噛みあってないように見えて違和感をまず感じたのですが、この作品にはあまり感じなかった。
動きがぎこちないところは確かにあるんですが、普通のアニメを見ているのと殆ど変わりない感覚でした。

それと何よりも登場人物のドラマがしっかりと描かれていることと
彼らの暮らす世界とそこに存在する問題や描かれているテーマ、メッセージが伝わりやすい脚本でぐいぐいと物語に引き込まれていきました。
私は原作を読んだことはありませんし、アップルシードというものを見たこともないので原作のどのあたりを端折られ、変えられているのか分からないので今作のみでしか評価出来ません。
しかし、何も知らない私がここまで楽しめるのですから、それなりにきちんと纏められている作品なんだと思います。

女の目線から見ると、やはり興味を引かれるのは
全身殆ど機械のサイボーグ彼氏と
彼氏のDNAで作られた生身の彼氏そっくりそのままの姿のバイオロイド
との三角関係。
あの愛情は嘘じゃない本物!どんな姿でも愛したのはあなた
だけど生身の温かい、彼ではないのに彼のぬくもりを持った男
揺れる女心に切なくドキドキしてきたり。
ラスト近くの彼女のセリフと彼氏達の選択にほろりと涙。

ゲーセンのガンシューティングをやっている時のようなガンアクションの爽快感とラブストーリーにメカのカッコよさ。
人間、サイボーグ・アンドロイドの共存する世界という興味深い設定。
そして、きちんと声優さんを使った安心の演技力。
充分に楽しませていただきました。
アップルシードという作品も見てみようかな。

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エディット・ピアフ~愛の賛歌~

製作年度 2007年/フランス・イギリス・チェコ
監督    オリヴィエ・ダアン

ヤフレビュでは絶賛の雨あられ
しかし、私にはどうも退屈極まりない映画でどんなに甘く採点しても★3以上は付けられない。本音を言えば★2つ。
だが、あまりにも絶賛ムードでとてもじゃないが低い点数を付けられる雰囲気ではない。
そう、『バベル』の時のように理解出来ない人間は感性が低いとまで言われかねないムードが漂っている。
そんなわけで、この作品に関してはここだけでレビューをします。
小心者だと笑ってください。

さて、この作品。確かに歌声の響きや画の美しさは素晴らしいと思う。
主演のコティヤールも20代、30代、40代
全ての年齢の主人公を見事に演じ分け、その演技力には感嘆した。
しかし、しかしである。
脚本がどうにもいただけない。
時間軸の入り乱れた構成は適度に使われたのであれば効果的だが、今作品はあまりに多用し過ぎという感じがする。
登場人物の心の動き、観客の興味をひきつけるきっかけ
どちらも稀薄となり心に響いてこない。
実在する人物の波乱万丈な一生を描くにしてはどのエピソードも非常に浅い描かれ方をしているため、私は主人公に対して
「・・・自己中だよなぁ。てか、どこまでダメ人間?」
てな感想しか抱けず、全く共感出来なかったのです。
こんなに主人公に対して不快感しか抱けない作品も珍しい。
おかげさまでラスト近くの主人公の
「愛しなさい。全ての人を」
ってなセリフも空回り。感動して泣くどころかしらけてしまった。
お前が言うか?ってね。
だらだらと長い2時間30分。終始あくびが出てきて困った。
どうでもよいエピソードも多々あったので、それらを削って1時間30分くらいに短縮してくれたら、退屈感も薄れただろうに。

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伊勢湾台風物語

製作年度 1989年/日本
監督    神山征二郎

私の住む町には所々に
『伊勢湾台風浸水位』
と書かれた浸水位置を示す印が民家の塀などに取り付けられています。
中には身長160cmの私の胸の位置辺りの印もあります。

私は勿論、まだ生れていませんでしたが亡くなった父が時折話してくれたのを憶えています。
体験したことの無い大きな台風で、住んでいた大正時代からの古家が風でミシミシときしんで潰れてしまうのではないかと思ったこと。
会社勤めのかたわら玉子を売っておこづかいを稼いでいた庭先の鶏小屋が吹き飛ばされ、鶏が全て死んでしまったことなど…。
ですが話には聞いていても実際に目にしたわけではない私にはいまいち惨状を理解出来ずにいました。

そんなある日、TV放映された『伊勢湾台風物語』
どこにでもある日常が自然災害によって壊されていく悲劇。
只、漠然と見ていた『伊勢湾台風浸水位』の印でしたが強風に煽られその位置の水が押し寄せてきたらどれ程の被害があるのかが視覚で理解できたのです。
小学生の女の子の目線で見た恐怖。
・大切な人を亡くす悲しみ
・あれ程に恵みを与えてくれて、思い出のたくさん詰まった穏やかな海が荒れ狂い牙を向く自然の驚異。
・背に子を背負い、流されていこうとする女性を助けようとする父と
「行ったらアカン!!」
(お父さんまで死んでしまう!行ったらアカン!!!)
叫ぶ母。夫の身を案じ、他人を見殺しにしてと叫ぶこの母を誰が責められようか?
・嘗て女の子に命を救われた犬が、今は主人である女の子を命がけで救い海へと流れ沈んでいく。
・女の子への恋心を抱いていた少年は、母と、妹と共にその恋の行方を知ることもなく天に召された。
どのシーンも涙無しでは見れません。

私の手元にはヤフオクで購入したビデオ版しかありません。
是非ともDVD化してほしい良作なのに…
DVD化、してくれませんかねぇ。

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序

製作年度 2007年/日本
監督    摩砂雪/鶴巻和哉

エヴァンゲリオンの面白かった所は私にとっては
『謎解き』と『深読み』でした。
それと人の心の深淵を覗き込む、緻密な心理描写。うっかりしたら自分の精神まで汚染されそうなヤバさとか(笑)
その点で言えば、今回の新劇場版は旧作の焼き直しだけだとしたら見どころは綺麗になった絵ぐらいかと思っていました。

ところが!
旧作の流れを取りつつも微妙に変化したセリフや使徒のデザイン、攻撃方法。
見たことのない人には理解しやすくエヴァの世界へと引きずり込む作りであると同時に、私のようなTV版も劇場版も見てきた者にとっては新たな謎を突きつけてくる作りとなっています。
懐かしいあのセリフ、でも続く場面にほんの少し変化が…
もしも、この世界が知っている世界を上書きされているものだとしたら?
私達が焼き直しだと思っている世界も実は物語の一部だとしたら?

─今見ている世界は、誰の世界?─

『これがあなたの望んだ世界、そのものよ』
どこからか、あの声が聞こえてくるようです。
私は今の時点でリメイクではないと思っていたりします。
旧作エヴァのラストからの続編ではないか?と。
作り出された世界の中で同じ経過を辿りながらもその創造者のココロ次第で変わっていく世界。
納得のいかない終わりから生み出された『やり直すための世界』
彼の理想へと作り変えられていく世界。
それを操ろうという他の者の干渉。

なーんちゃってね☆
ぐるぐると考えてみたけどエヴァの世界は色々と自己解釈していてもどんでん返し有り、明確な答え無しで今後の展開がどうなるかなんて予測不可能。
そして私の深読みはわりと見当違いが多かったりもする(笑)
でも、トリ頭振り絞って懸命に謎解き&深読みしていた時のあの快感が再び得られた感激は最高の時間をくれました。
続編もとても楽しみです。

そして、大好きな綾波ちゃんのあの名場面
「笑えばいいと思うよ」
のシンジのセリフの後のキュンと胸を撃ち抜く綾波ちゃんの微笑み。
TV版のどうしようもない荒い絵から劇場版の可愛らしさへの進化、
そして今作では更に可憐さに磨きがかかり、尚且つ柔らかな空気も纏っていて、女ながらに萌えさせていただきました。
更に特筆すべきは使徒ラミエル撃破のための『ヤシマ作戦』
このシーンの迫力が格段にレベルUPしています。
美しくなって、迫力も倍増の絵もかなりの見応えです。

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アンフェアthe movie

製作年度 2007年日本
監督    小林義則

映画館で見る価値のないダメ映画でした。
凄いんです。舞台は病院なんですが、テロ対策用に作られたガラス一枚から防弾仕様でコントロール室で水道、電気、ガスなど全てが管理されていて、警視庁のコンピューターとも繋がっているハイテクビル。
有事にはコントロール室がシェルターにもなるという・・・
それなのに、地下排水溝から誰でも侵入出来ちゃうんです。警備員なんていません。
指紋認証だのパスワードロックだの声紋認証だのも、なーんにもありません。
鎖で封鎖された扉は鉄パイプで簡単に切断出来ちゃいます。
それで良いのか?ハイテクビル!

この病院、一角で細菌兵器の研究しています。扱っているのは東京都民の8割が死に至る恐ろしいウィルス。
だけど扉はガラス製の自動ドア2枚だけです。ロックも4桁の数字を組み合わせるだけの単純なパスワードだけです。
何か事故が起こっちゃったらあっという間にウィルスばら撒かれちゃいますねぇ。
それで良いのか?研究室!

そして何より、真犯人が登場した時に既に目星がついちゃいます。意外性も何もありません。
ついでに展開も読めちゃいます。私なんか、次にこいつが裏切って~ そんでもってあいつに殺されて・・・
なんて予測したことがことごとく当たってしまい鼻で笑ってしまう始末。
やたらに死体ばかり増えますが、たいしたアクションシーンもないので緊張感すらありません。
親子愛なんかも見せてくれますが、演出が
「さぁ泣け!それ泣け!!」
とばかりにあざとくてしらけます。
無駄に細菌兵器だのテロ対策ビルだの警察の裏金80億だのとスケールばかり大きくしておいて料理しきれなかったという感じです。
どうでも良いけど敵の懐に侵入しておいて、カツカツとヒールの足音立てて動き回るなんてねぇ・・・
靴ぬいで足音消すくらいしたらどうだろう?
脚本さえ良ければこんな細かいとこまで気にならないんだけどねぇ・・・

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永遠の法

製作年度 2006年日本
監督    今掛勇・大川隆法

公開当時、ふらりと映画館に行って一番近い上映時間のものがこれだったので見ました。
絵は綺麗でした。でも、ストーリーは正直言って退屈だったうえに怒りもわいた。
何の前知識も無く見たので、上映中に
「なんか説教くさいし 宗教くさいなぁ」
なんて思いながら見てたんですが、エンドクレジット見て納得。
幸福の科学が作った映画だったんですね…
ストーリーとして起伏が少なくて、ひたすら霊界観光してるだけなので観客は完全に傍観者。霊界にロボット登場シーンなんかは失笑するしかなかったです。
しかも主人公がお綺麗な善人で人間的魅力が全く無いので感情移入も出来ない。
私自身が霊界とか考えても仕方ないと思ってる人間なんで、更に共感すら出来ない。
そのうえに善人と悪人を魂レベルで選別しているかのような表現が胸が悪くなる。
こんな選民思想は受け入れられませんね私は。
しかも、生前確かに人道的に最悪な行いをしたかもしれないけど、その実在の人物を地獄の邪悪なる存在として表現するなんてのは最低です。
しかも、実在した偉人たちを霊界でランク付までしてるし。
個人的に一番許せないのは霊界で天使となっているヘレン・ケラーが三重苦を霊界から現世へ産まれる時にわざわざ選んだと言っていたこと。
身内に知的障害者がいる私は怒りに震えました。
障害を持つ人たちへの侮辱になりませんか?

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エラゴン 遺志を継ぐもの

製作年度 2006年アメリカ
監督    シュテフェン・ファンマイアー

楽しみにしていた作品です。当時、公開日当日に見に行きました。
正統派ファンタジーが大好きな私には合格ライン
ドラゴン 剣 魔法 選ばれし勇者 姫君…
王道突っ走ってます。これだけでもかなり点数が甘くなってしまう私。
映像も素晴らしかったです。特にドラゴン。
滑らかな動きと人間との合成も全く違和感無くて本当に生きているようでした。
惜しむらくはカット割が頻繁で、その動きと姿をじっくりと鑑賞出来なかった事。
もうすこしドラゴン"サフィラ" 彼女を堪能したかったな。

あと、展開が早過ぎだなって感じもしました。
なんというか、原作を知らない私でも相当どっかはしょってるなぁというのが推察できるくらいに明らかな急ぎ足脚本でした。
最初からドラゴンは無敵の存在として描かれることが多いファンタジーにおいて、この作品は選ばれた勇者ドラゴンライダーと共にドラゴン自身も未熟な存在から共にふたりで成長していく。そこが醍醐味なんだろうと最初は思ったのです。
しかし、成長過程は描かれていましたが、とんとん拍子に成長していってしまうのであまり偉大さを感じられなかった。
1000年も眠って自分のパートナーであるライダーを待っていたというサフィラに選ばれたエラゴン。
サフィラはエラゴンの内に秘められた大いなる勇気が呼んだと言ってましたが、その勇気を納得させるだけのエピソードが少な過ぎて説得力に欠けていた点も残念。
2時間という枠に収めるのは難しいのだろうけど、ドラゴンとライダーは一心同体。ライダーの死と共にドラゴンも死ぬという設定ならライダーとなる人間には選ばれるだけの力があるのだと納得したいのですよ、見てる側としては。
勇気というよりも、無謀で愚かなだけな行動を繰り返すエラゴン。
その未熟さを克服する過程も描かれないまま、いきなり強くなってますというんでは、説得力がありません。

それでも、数々のマイナス要素を補って尚、映画館で見て良かったと思いました。
今後何作か作られるようなので、続編に期待しています。

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