アポカリプト
制作年度:2006年
監督:メル・ギブソン
てっきり、人間狩りの獲物となった男があらゆる知恵と力で苦難を乗り越えるアドベンチャーだと思ってました。
でも、そんなシーンは短め。
彼は最悪の状況から逃げることが出来た。
それまで、冒頭の下品な仲間いじめのシーンややたらと長い捕虜としての道のりのシーンに正直言ってダレかけていた私。
それでも彼が逃亡に成功した辺りからはやっと彼の反撃をたっぷり見れると期待したのです。
でも、彼の生まれ育ったいわば自身のフィールドである森へと逃げ込んでも走るシーンが延々と続く。ずーっと走ってる
「走るだけかいっ!」
頭の中でいい加減にしろと思いつつツッコミ。
それでも、毒カエルの即席毒矢。かつての仲間と作った狩の罠へと敵を誘い込む。
この辺りからは見どころたっぷりでした。ここまでは結構ハラハラドキドキしてそのスリルに満足してました。
これが架空都市で実際の歴史を扱った作品でないならそれなりに評価するのだけど…
やはりどうしても偏ったマヤ人に対する差別ともとれそうな映像、脚本が好きになれない。
一応、これでも努力はしたんですよ。
一方的な「マヤ人は野蛮な民族」ともとれそうな描き方もかなり不快に思うものの、そもそもマヤ文明に関しては謎が多い。
ならば、ひとつの物語として色々ある説の一部分を切り取って脚色するのもありなのだと割り切るのも作品を楽しむためには必要かもしれないと思い、浮かんだ不快感は頭の奥底に引っ込めることにしました。
そうすれば、ひとつひとつのシーンに意味があるのだと考えようとすることが出来る。
生贄の儀式の途中で日蝕が起こるシーンはマヤが優れた天文学を持っていたことが日蝕が始まった時の慌てふためく民とは対照的な神官の満足そうな顔で表現したかったのかなとか。
疫病、干ばつに乱れた民衆の心を宥めるために既にいつ頃起きるか判っている日蝕を利用した生贄の儀式だったんだなとか。
でもさ・・・ と折角頭を切り替えてた筈なのにまたもや疑問が浮かぶ。
生贄って神に捧げるんだよね。捕虜を捧げたりするのかなぁ?
こういうのって、自国民の中から選ばれた者が捧げられたりするものなんじゃないの?
そりゃ、これ言い出したらジャガーを絡められないから話にならないけども。
極めつけがラストのスペイン船とその船上の神父。
これを『新たなる侵略者』と解釈するか『ジャガーにとっての救世主』と解釈するかで満足度が変わります。
私にはそれまでマヤ人を残虐極まりない民族に描かれていたので、
どうしてもキリスト教徒を救世主扱いしているように見えてしまう。
やだなぁ…こんな一方的な解釈…
私にとっては作品の出来は良いけど、嫌いな部類の映画でした。
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