ま行

マリと子犬の物語

制作年度:/2007年
監督:猪股隆一

のどかな山古志村。仲良しの兄と妹。
既に母は他界しており兄は母との「妹を守る」という約束を守り妹を慈しみ
その愛情の中妹はのびのびと成長している。
それを優しく見守る父と祖父、叔母
この家族を包む暖かな心の村民達
ヤバイ これはヤバイ
絶対必要になる、と私は手元のバッグから予めハンカチを取り出しておいた。
その予感は見事に的中し、私の顔は涙でぐしゃぐしゃになった。
風邪気味でマスクをしているため、ノーメイクだったのだがスッピンで良かったと思った。
ばっちりメイクなんかしてたらとんでもない顔になっていた筈ですから。

展開は読めるし、こうなるだろうなぁというある意味ベタな展開。
それでも子役の素直な演技とマリの姿に涙が止まらない。
震災のシーンでその恐ろしさを見せつけられ、助けることが出来ずに否応なく村へ置き去りにするしかなかったマリたち。
ヘリコプターに収容されながら必死にマリの名を叫び続けるアヤ。
再開したマリを抱きしめ、あの災害の日から見せることのなかった心からの笑顔を見せたアヤ。
このシーンの子役の演技は素晴らしかった。
その素朴だが懸命な演技が心に響いてきました。
そして周りを固めるベテランの役者さんたちの流石の演技力は感動を更に高みへと導いていました。

最近の感動系邦画は登場人物を死なせて安易に泣かせようとするものが多くて辟易していたのですが
こういう家族愛や人々が心に宿す希望で人は「嬉しい」「安堵した」という涙を流せるのです。
死に対する「悲しい」だけで泣かせる、ある意味お手軽な感動映画を作ることに躍起になっている人に
今度はこういう涙を流せる映画を作ってほしいものです。

個人的には妹を守れなかった、母との約束を守れなかったと言って項垂れたお兄ちゃんの姿にも涙。
私も天国の両親から託されている妹を持つ身。
私の地域は東海地震が起きると言われ、想定震度は震度6弱の地域。
障害を持つ妹を私は守りきれるだろうか?

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ミス・ポター

制作年度:2006年/
監督:クリス・ヌーナン

私はこの作品の冒頭で、どこか懐かしい空気を体で感じました。
なんなんだろう?この感覚は。

スクリーンでポターが売り込みに行った出版社で登場キャラピーターを
「私の友達がモデルです」
と紹介する。
ポターがイラストのピーターに話しかける。ピーターは応えるように
ぴくぴくっと耳を揺らして「やぁ、ごきげんよう」とばかりに鼻をひくんと震わす。

ああ、そうだ。私の大好きだったシロと同じ。
シロは私がまだ産まれる前から私の家にいた。
なんの混ざり毛色もない真っ白な短毛の猫で、長い尻尾が歩くと力強く誇らしげに揺れていた。
その頃妹が産まれ、やがて妹が2歳。私が3歳の頃に私は両親と妹の寝る部屋から離されて3畳の部屋にひとりで寝させられるようになった。
両親以外の者がいると神経質になって寝ない知的障害の妹が眠れるように、両親も眠れるようにと。
あの歳の頃の記憶は殆ど残っていないのに、未だに忘れられない
『3畳部屋の初めての夜』
泣いて嫌だと言ったら母に酷く叱られ、泣きながら泣き疲れて眠った夜。
天井のシミはお化け。窓を叩く風は今にも怪物がこじ開けて入ってくるんじゃないだろうか…
でも、泣いたらまた怒られる。悪い子だって言われる。
嗚咽を布団を噛み締めて飲み込んだ。
やがて幾日か過ぎたのかもう少し経ってからなのか詳しくは憶えていません。
ある夜、相変わらず天井のシミは不気味な顔で私を見下ろしていて、長い夜が始まろうとしていた。
その時めったに私には近寄ってこなかったシロが泣いて布団を噛んでいたら私の胸に乗っかって顔をペロっと舐めたのです。
ゴロゴロと喉を鳴らして頬を擦り付けてきた。
『泣くなよ。あんなヤツ悪いことしたら引っ掻いてやるから』
ああそうだ。あの時シロが話しかけてきたんだっけ。
『ほんとに?』
『一緒に寝てやるよ。だから怖くないだろ?』
シロは私の顔の横で丸まった。
不思議なことに、シロはそれから毎晩私の横で寝るようになった。
繰り返し見る怖い夢に泣いて起きたら、シロが私の顔を覗き込んで舐めてくれる。
シロは子供の頃の私のヒーローで友達だった。
淋しい時も楽しいこともシロに話しかけた。シロはちゃんと私の心に応えてくれた。
只の子供の一人遊びには違いない。でも、私の心の大切な支えだった。

そのシロを大人になるにつけて私は記憶の片隅で只漠然と『憶えているだけ』になっていた。
『3畳部屋の初めての夜』の怖い記憶に押しつぶされていたシロの記憶。

でもこの作品を見た時、私の心の中でかくれんぼしていたシロが
「ひさしぶり。やっと見つけてくれたね」
と声をかけてきたように、懐かしさと共に鮮やかに『心の記憶』が蘇ってきたのです。
童心を呼び覚ます、優しい空気。
私は物語に惹きこまれ夢中になってポターの人生を見つめた。
子供の心を持った可愛いポター
夢を持ったノーマン
愛を育み、幸せになれる筈の2人の突然の別れ
そして悲しみに囚われたポターから心の友ピーター達も離れていく

でも、ポターが農場を買い取って移り住み大自然に触れ
ノーマンへの悲しみを忘れるのではなく、受け止めた頃にかくれんぼしていたピーター達を見つける。
「やぁ、やっと見つけてくれたね。」
かくれんぼをやめたピーターはポターの心に似ているヒーリスを惹きつける。
「ひさしぶり。ここは良い所だね」

終始、優しい気持ちと穏やかな空気に包まれて涙が流れてきました。
私が行った映画館ではレイトショーであるのに私を含めたったの3人でした。
こんなに素晴らしい作品なのに勿体無い。
是非とも多くの人にこの作品に触れてほしいのにと思わずにはいられません

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舞妓 Haaaan!!!

製作年度 2007年/日本
監督    宮藤官九郎

思いっきり笑って楽しめるハイテンションおバカムービー。
知らなかった舞妓の世界の決まりごとなどもわかって知識欲なんかも満たしてくれます。
大満足して帰ってきました。

昨今のお涙頂戴の人死に系邦画の量産にうんざりしていた私には満点映画でした。
もちろん、お涙頂戴系は泣けるし感動もするし嫌いではありませんが
あまりに多過ぎると「またなの?もういいよ…」なんて気分になります。

その点、この作品はお笑い重視で楽しい。
ひとりの舞妓おたくの極道をユーモアたっぷりにハイテンションに描いて、見る者を有無をいわさず連れまわします。
好きなもののためになら自分自身の能力を極限まで引き出せるのだ。
おたくで悪いか おたくバンザイ!
サダヲさんの持つあの独特のキャラクターがピッタリはまり、おバカなシーンも意外やゴージャスに感じる。
こういったコミック的な作品は一歩調味料なり料理の仕方を間違えると酷く陳腐なものになってしまいがち。
「こんな幼稚なもの見てるのか私…」
なんて客が感じてしまったら、途端に見に来ている己を恥だと思って作品そのものを否定したくなる。
その点、この作品は私的には大成功なのではと思います。
何しろ、見ている客自身がスクリーンの中に
「なんでやねん!(笑)」
「うわ、そうくるか~!」
とツッコミ入れたりボケに同調したりと一緒に笑い転げることが出来るのです。しかも、自分と作中のボケ役ツッコミ役とピタリと呼吸が合っている。その爽快感はとても気持ちいい。
そして、そこにまた笑いが生まれる。

しかし、ハイテンション過ぎても疲れが出ます。
や、そろそろ息継ぎしたいんだけど・・・
とぜぇぜぇする頃合を見計らって、しんみりとしたシーン。
それまでのハイテンションにちょっと放心気味の頭に適度な潤いで、その潤いをラストへのエッセンスに引っ張る。
私的にはあのラストで満足です。
大掛かりな花火大会みたいでした。
途中には息抜きの線香花火、そしてラストのスターマイン。
終わった後のちょっとした余韻の残る夜空を見て汗ばんだ肌にちりりん♪と風鈴を鳴らす涼しい風を心地よく感じるみたいな…

この作品はちょっと疲れてるな~ 最近笑ってないな~
なんて人にはうってつけ。
お勧めです。

舞妓といえば、4年程前に会社の同僚達と舞妓体験しにいったなぁ。
髪が短かったので本結い出来なくて半カツラ。
衣装は本物の舞妓さんが使っていたものを譲り受けたものだとか。
機会があったら、今度は芸妓体験をしにいきたいものです。

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マリー・アントワネット

製作年度 2006年アメリカ
監督    ソフィア・コッポラ

歴史的ドキュメンタリー映画を期待すると裏切られるだろうなというのが第一印象。

私は映画というものは予備知識など無くとも楽しめるべきと考えています。
ですが、この作品はフランス革命史をある程度知っている人を対象として作られた印象を受けました。何も知らない人には結構???となるだろうなと思う強引さを感じたのです。
そんなこともう知ってるよね?省いて良いでしょ?って感じで。
幸いにも私はフランス革命については興味があって、ある程度知っていたので説明不足に戸惑うことはありませんでしたが。

次に、映画を見る時に登場人物に感情移入出来ることは重要な要素ですが、自分が感情移入すべき登場人物の周囲の人々の感情も描き込まれなければ充分に入り込むことは出来ません。
この作品の場合、主人公マリーを描くことに重点を置き過ぎて、周囲の人々の描き込み不足感が否めませんでした。
彼女の革命への引き金になりえる愚かな行動を取ってしまった原因である孤独、孤立を際立たせるためにも、周囲の人物にもある程度の焦点はあてるべきだったのでは?

それでも、ポップでカラフルなお菓子や宝石。フリルとレースのゴージャスなドレス。女の子なら一度は憧れたであろう物が目いっぱい詰め込まれていて視覚で充分楽しませてくれます。
本物のベルサイユ宮殿とプチトリアノンを見れたことと、
(本でしか見たことが無かったので感激しました)
民衆が暴徒となって宮殿に乗り込んできた時にマリーがお辞儀をしたバルコニーも実際にマリーが立ったバルコニーで撮影されたとかで、
フランス革命史に興味がある自分としてはその辺りも楽しめました。

全体を通して退屈はしませんでしたが、映画としての出来は今一歩という感じですかね。
フランス革命史マニアで歴史を知っている人が新しい解釈のマリーを楽しむという視点でなら高評価にもなりうる作品だと思います。

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